はじめに
勝新太郎といえば、
豪快、破天荒、金遣いが荒い——
そんなイメージが先に立つ人です。
ですが、
現場にいた人たちが強く記憶しているのは、
お金よりも、**ある日の「異様な沈黙」**だったと言われています。
それは、
誰もが予定通り撮影が進むと思っていた、
ごく普通の撮影日の出来事でした。
背景|撮影は順調に進んでいた
その日は、
特別にトラブルが起きていたわけではありません。
天候も問題ない。
役者も揃っている。
スケジュール通りに進めば、
夕方には撮影が終わる予定でした。
スタッフも、
「今日は何も起きなさそうだ」
そう思っていたと言います。
勝新太郎も、
朝から特別なことは言っていませんでした。
異変|突然、動かなくなった
ところが、
あるカットを撮り終えたあと。
勝新太郎は、
次の指示を待つでもなく、
その場に立ったまま、動かなくなります。
監督が声をかけても、
返事がありません。
スタッフが
「カメラ、もう一度いきます」
と声を出しても、
勝は視線を動かさない。
現場に、
少しずつ嫌な空気が流れ始めました。
一言|「今日は、もうやらない」
数十秒ほどの沈黙のあと、
勝新太郎は、
低い声でこう言いました。
「今日は、もうやらない」
理由の説明はありません。
怒鳴ることもない。
誰かを名指しで責めることもない。
ただ、
それだけを言って、
衣装のまま現場を離れようとしたのです。
現場の混乱|誰も止められなかった
当然、
現場は混乱します。
・スケジュールはどうするのか
・スタッフの人件費
・フィルム代
・スタジオの押さえ
誰かが
「理由だけでも教えてください」
と声をかけました。
しかし、
勝新太郎は振り返らず、
こう言ったと言われています。
「今日は、役が来てない」
それ以上、何も語りませんでした。
誰にも説明しなかった理由
その日、
撮影は本当に中止になりました。
後日、
監督やスタッフが集まっても、
勝新太郎は
具体的な説明をしなかったそうです。
演出が悪いとも言わない。
脚本がダメとも言わない。
相手役のせいにもしない。
ただ、
「今日は違った」
それだけだった。
周囲の理解|後になって気づいたこと
数日後、
撮り直した同じシーンは、
まったく違う雰囲気になったといいます。
空気が違う。
間が違う。
目線が違う。
スタッフの中には、
「あの日は確かに、何かがおかしかった」
と振り返る人もいました。
ただし、
それを言語化できる人はいなかった。
おわりに
勝新太郎は、
理屈で現場を動かす人ではありませんでした。
説明もしない。
納得させようともしない。
それでも、
現場が止まってしまう。
その異様さこそが、
今も語り継がれている理由なのかもしれません。
あの日、
本当に「役が来ていなかった」のか。
それを確かめる術は、
もう残っていません。